自然人類学の基礎用語

猿人
約四百五十万〜百万年前(第三紀鮮新世〜第四紀更新世前期)に生存していた最古の人類。アウストラロピテクス類。アフリカの東部や南部で発見されている。時代の違いや、頭や歯の形態の違いからラミダス猿人、アファール猿人、エチオピクス型猿人、アフリカヌス型猿人、ロブスト型猿人、ボイセイ型猿人などに細分される。脳は現代人の約三分の一で大型類人猿の脳と同じぐらいだが、骨盤の形態から直立二足歩行をしていたことが判明した。また、約三百五十万年前の地層から二足歩行の足跡が派遣されている。新聞記事参照

ラミダス猿人
1993年12月、エチオピアのアラミス地方の鮮新世(440万年前)の地層からティム・ホワイト諏訪元らによって、発見された猿人。現在のところ最も古いヒトの化石である。

ルーシー
エチオピアのアファール地方からドナルド・ジョハンソンによって発見された猿人。アファール猿人の一つ。全身骨格の約40%が見つかっている。発見時にかけていたビートルズの曲にちなんで「ルーシー」と呼ばれる。約350万円前のもので、身長約130p、体重約30キロで、骨盤の形から直立していたことがわかった。脳はチンパンジー並み(420ml)であった。翌年には「最初の家族」といわれる数体のアファール猿人が発見されている。

ホモ・ハビルス
二百四十万〜百万年前に東および南アフリカに生息していた人類。猿人から原人への進化途上の段階にある最古のホモ属。猿人類に比べ脳が大きく(脳容積は610〜780ml)、顔面の突出も少ない。「器用なヒト」の意味で、石器の製作者を意図して、ルイス・リーキーが命名した。このホモ・ハビルスから原人が進化したと考えられている。現在のところ最古のオルドワンというチョッパー(片面加工器)を使用していた。

原人
約百六十万〜二十万年前(更新世前期〜中期)に存在していた人類の総称。ジャワのピテカントロプス(直立原人)、中国のシナントロプス(北京原人、藍田原人)、ヨーロッパのアラゴ人、アフリカのKNM-ER3733など旧大陸の広範囲に分布する。脳は現代人の約三分の二。眼こう上隆起が強く眉弓を形成する。下顎は頑丈でオトガイはない。アフリカ、ヨーロッパ、西アジアでは万能型石器の握斧、東アジアではチョッパー・チョピングツールを用いていた。火の使用が認められる。

旧人
約二十万〜三万年前に太平洋諸島および南北アメリカ大陸を覗く地域に広く分布していた人類。ネアンデルタール人、スピール人、アムッド人、シャニダール人、元謀人、ソロ人、ブロークン・ヒル人など。脳は現代人とほぼ同じか多少大きい。最近では古代型ホモ・サピエンスと呼ばれることが多い。円盤状石核技法やルヴァロア技法を用いたムスチアンあるいはルヴァロジアンという剥片を主体とした石器を持っていた。埋葬や熊祭りなどの精神的活動が見られる。文節的言語をもっていたかは研究者により異なる。

新人
約十万年〜一万一千年前までの間の化石人類。現在の人類とほとんど同じ形態を持つ。ホモ・サピエンス・サピエンス。欧州のクロマニオン人、グリマルディ人、中国の柳江人、周口店上洞人、ジャワのワジャック人などに代表される。現在のところ最も古い新人は南アフリカから出土している。石刃技法という精巧で効率のいい石器製作技術をもち、骨角器を豊富に使用した。ヴィーナス像、動物などの彫刻やアルタミラ、氷河時代のルーブルといわれるラスコーに見られる芸術的表現、狩猟呪術などの宗教的行為を行った。洞穴や岩陰のほか竪穴住居にもすみ、東欧ではマンモスの骨で作った住居が多数見られている。

現生人類(新人)の起源
新人の起源をめぐって対立する説がある。「枝つき燭台」説は多地域連続進化説とも呼ばれ、約百万年前にアフリカからホモ・エレクトス(原人)が旧世界各地に進出し、その後各地域で独立に進化したという説である。「ノアの方舟」説はアウト・オブ・アフリカ(現代人アフリカ起源)説あるいはアフリカ中心説と呼ばれるものでアフリカで原人から進化した古代方ホモ・サピエンスが十万年前に近東に進出、世界各地に分散し、現代人の祖先になったとする説である。「ノアの方舟」説は分子進化学的方法から導き出されたミトコンドリア・イブ説にも符合することから、この説を認める研究者が多くなりつつある。
しかし、文化(石器)との整合性やアジア、オセアニアにおける旧人-新人の形態の連続性の存在など「ノアの方舟」説では説明できない点もある。新聞記事参照

イブ仮説
ミトコンドリアDNAの研究から提唱された、現代人は十数万年前にアフリカに生存した立った一人の女性から進化したという説。しかしその後の研究で、この仮説はミトコンドリアDNAの特殊な遺伝様式を過小評価した結論であると考えられている。

HLA遺伝子の解析
赤血球にABO式などの血液型があるように、白血球にも型があり、HLA(白血球抗原系)と呼ばれる。これまでにヒトで研究された遺伝子のうち最も個人差(専門的には多型という)に富む遺伝子群である。
人類の先祖は何人いたのかという質問に答えるために最もふさわしい遺伝子のひとつがHLAである。
また、HLAが人類集団の過去の移動を追跡し、その形成過程を復元するための有力な手掛かりとなる。

日本人の起源
古人骨の自然人類学的な研究や遺伝学分野の研究から、弥生期の渡来人の影響を重要視する考えが定着しつつある。血液の各種の遺伝的多型や変異型、あるいは遺伝子そのものを対象にした分析によって、日本人の遺伝的特徴にはかなり大きな地域差のあることが明らかにされた。そうした地域差が生み出された要因を探っていくと、どうしても大陸、朝鮮半島からの新しい遺伝子の流入を想定せざるおえない。
現在では縄文の終りから弥生、古墳時代にかけて、大陸、朝鮮半島からかなりの渡来人が流入し、その後の日本人形成に多大な影響を及ぼしたと考えられている。